向島日誌 : Mukae-jima diaries

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

小豊島 


雷が鳴りをひそめ、あやしい雲行きも遠のいたのを見計らって、
11時過ぎ、小豊島を目指して出航。
その名の由来は豊島の近くにあるからというより、むしろ豊島に形が似ているから
という理由が大きいように思える。

一方。
瀬戸大橋を越えた西の彼方、佐柳島のほど近くにも手島-小手島があるのだけれど、
こちらは形に相関関係がなさそうである。

島の名前は面白いもので、大槌島があるかと思えば小槌島があり
直島の向かいには向島がある。
男木島に寄り添うようにして女木島があり、どちらが先か、犬島と犬ノ島がある。

主従関係であったり、並列関係であったり、島々は響き合っている。
グリッサンになぞらえるならエコ=モンド(世界の響き)といったところ。

島という存在それ自体が海を希求しているのと同時に(海から顔をのぞかせることなしに
島は島と呼ばれない)、此方の島は彼方の島を求めているらしい。



そんなことはさておき、小豊島である。
興味深かったのは、牛の畜産で名高いこの島らしく、波止場に畜魂碑が祀られていたところ。
鯨墓みたい。」實藤さんがつぶやく。
捕鯨が盛んだった山口の青海島でも、同じようにして鯨を祀っていたことを思い出す。

人間と動物とのあいだの社会的非連続について生涯考え続けたレヴィ=ストロースは、
『パロール・ドネ』のなかで、個体の死の認知と自覚化が人間社会を動物のそれから
分断する決定的な基点となったことを論じている。
とするならば、
ひとが牛や鯨を祀る行為の意味は何なのか。
難しく考えるまでもなく、きっとそれは両者の連続を取り戻す試みなのだと思う。
(芦塚)
関連記事

この記事に対するコメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://mukaijima.blog94.fc2.com/tb.php/447-2afe6a53
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。