向島日誌 : Mukae-jima diaries

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塩飽諸島へ03 佐柳島 牛島 


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高見島を出発後、25分ほどの航海。

同時刻に出発した赤と白に塗装された定期便フェリーと競争する様に、
佐柳島は長崎港へ。細長く入り組んだ港に入港。
定期便フェリーを待つ島の人が、やや訝しげな顔でこちらを見ている。

まぁそうだろう。場違いなほど小さな伝馬船で几帳面にライフジャケットを
着込んでやってくる変わった来訪者はそう多くはないはずだ。

日没までに、宿泊地のある牛島へ着かなくてはならない。
商店で、道を尋ね、やや急ぎ足で、集落の北にある両墓制の墓地へ。
かっては、一面の浜辺だっだのだろう一角は、奇麗に弧を描く防波堤で保護されていた。
今回のワークショップでいくつかの島を廻ったが、どれ一つとして、どの島として
同じ空気の色を持った島はない。

古墳の原始形態のごとき、小さな積石で亡き人を守るかのように造られた墓地群が広がる。
ほぼ隣の島といっていい高見島とも全く異なるその形相。

引き返す道すがら、困難を伴った航海からか、長く日に灼かれたからか、
ぐったりとした疲れを引きずりながらも、集落に分け入っていく。
集落を分け入ることほどなく、陽気な字で「喫茶 さくら 無料」とオレンジ色のブイに書かれた一角。
テーブルと椅子が置かれている。有り難いと腰を下ろすと、マスターのご登場。
「喰わんかね」という笑顔と温かい言葉とともに、ブドウや、カップアイスを次々に戴く。
旅先ではこういった好意に触れることが、やはり一番有り難い。
無意識下で、凝り固まっていた体と心がみるみる解けてゆく。
(誠に有り難うございました。)

食べ残しのブドウを手にぶら下げ、少し嬉しくなった気分のまま港に戻る。
ランニングを着たおじいちゃんが「なに撮っとるんやぁ」と陽気に話しかけて来てくれた。

南端にある本浦地区に少し立ち寄った後、長崎港での出航間際、
芦塚君がそのおじいちゃんから聞いた、一旦南下して東進する潮に乗るルートを行く。
果たしてその瞬間はやって来た。

潮に追いかけられているのか、潮の波に追いついては越して行くのか。
船外機の回転が重くなる瞬間のあと、軽やかになったエンジンの音とともに
海上を飛ぶかごとき加速で、船が前へ前へ押し出されて行く。
潮湧く島々の伝説を垣間見るごとき、体感。

西の太陽を背に受けて、なにもかもを包み込んでゆくかのような、海の声を聞く。
それは、この海が始まったころから、あったものだ。
かってこの海をわたった、この瞬間に、幾多の人々も感じただろう、
傾いた光に溶けてゆく、どこか懐しく、温かい、ざわめき、煌めき。

行きの半分以下の時間で、本島付近に到達。航路を横断し午後6時、牛島の小浦港に入港。
宿泊場所、アイランドガールのカートさんご夫妻が、港で待っていてくれた。(實藤)

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人間と動物とのあいだの社会的非連続について生涯考え続けたレヴィ=ストロースは、
『パロール・ドネ』のなかで、個体の死の認知と自覚化が人間社会を動物のそれから
分断する決定的な基点となったことを論じている。
それによれば、「社会は、動物がみずから死すべき運命を知ることを拒むものとして生じ、
文化はそれを知る人間の対応として生まれている」(『パロール・ドネ』、三十一頁)のだ。
すなわち動物や蟻の社会はみずからの死の意識を無知=不可知の場に追いやることで
集団的生命を獲得した。
一方で、人間はみずからが死を免れないという事実を知ることの上に文化を創造することで、
連続する集団としての生命の場から限界づけられた個人的生命の場へと不可避的に降り立った。
だから、蟻塚をまえにした人間にできることは、死の認知という種の分岐点に立って
社会と文化の生成のはざまを見つめ、個体としての死の認知を深く受け容れつつ、そこから
集団的「生命」の永劫回帰へと思いを馳せることである。
蟻塚の教訓は、種としてのこの謙虚さの発見にあった。

-『レヴィ=ストロース 夜と音楽』今福龍太、233頁より。

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個体としての死の認知を深く受け容れつつ、そこから集団的「生命」の永劫回帰へと
思いを馳せることである、という一文に思いがけず両墓制を重ね見る。

故人を単独で祀る埋め墓と、連綿と続く集団的生命へと思いを馳せる詣り墓。
死の認知という「種の分岐点」において、個と集団を車の両輪とみなしていた事実にこそ、
人の人たる所以があるのかもしれない。
(芦塚)






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