向島日誌 : Mukae-jima diaries

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6月11日 

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豊間 

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羽田 

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昼前、フェニックス・スカイハーバー~サンフランシスコ国際空港~深夜、羽田着。

太平洋上空にて、機長のアナウンスにより、三陸海岸沖にて大規模な地震発生の報。
空港アクセスの京浜急行、東京モノレールとも運行停止中,との事。
着陸直前、千葉県の上空を飛行中だろうか、陸地のプラントが火に包まれているのを視認。
「これは・・」と言葉を失う。

羽田着陸後、JALより支給された機内用の毛布を敷き、空港内で一夜を過ごす。
空港内のテレビで報道されていた、街が、冬の冷たい海の津波に飲み込まれる報道の数々に、
未曾有の大災害が起ってしまった事を悟る。

記録の為、5Dmk2のシャッターを押すが、その行為自体が、憚られる事のような思いにとらわれ、
数枚を取ったところで撮影を止める。

一人でも多くの方が、避難に成功し、また、救助される事を祈りたい。(實藤)

Arcosanti . Arizona 

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早朝、エルパソ空港近くのモーテルを出発。

間近の国境越しのメキシコはシウダーフアレスの風景を横目に、インターステート10号線を一路、西へ。
大のインターステート嫌いの私の言い分が受け入れられ、
(るためには、時間のロスがそれほど無いことを提示する必要を求められたが)
フェニックスまでの道中、国道70号線を北西へ抜けるルートをとる。

アパッチ族の居留地区内、バイラスという名の小さな街。国道沿いには食堂らしき建物の姿も伺えず、
ガスステーションとセットになったドラグストアで昼食を買い込む。
(冷凍マカロニチーズと冷凍チキン、そしてペプシコーラ、備え付けの電子レンジでチンして食べる。)

昼飯時ということもあり、アパッチ族の末裔らしき人々がずらりとレジの前に並ぶ。
列の後ろの、実に立派な顔立ちの初老のアパッチ族(と思われる)の男性と片言の会話。
アーミーパンツ姿の彼に軍属かと尋ねると、息子がアーミーなんだよ、との答え。
フォートトーレスの基地にいるんだ。
彼の褐色の肌に刻み込まれた、鋭い直線的な眼光と、深い皺。

この大陸がヨーロッパの人間に発見される事がなければ、などと少しの間思いを巡らす。
一過性の異邦人である私のこういった思いも所詮は「ブシドー」、「サムライ」のような
ある種のノスタルジーなのだろう。
それはもう起ってしまった出来事であり、この時代にはこの時代の風景が、ただ、ある。
それだけの事なのかもしれない。

フェニックスをかすめる様にインタステート17号線へ。標高が上がるにつけ風景がドラスティックに移りかわる。

我々には、一抹の危惧があった。
パオロ・ソレリ設計によるアーコサンティの建築群は、何処か密教的な妖しさを放つ。

川合君が言う。
「夜になったら」「広場で皆で輪になって」「さぁさぁさぁ君達のオピニオンはなんだい」「かもな。」

私も危惧する。
もし彼らが原理主義的にオーガニックな人々であれば、ありつける夕飯の分量はきっと少ないに違いない。

しかし、雄大な渓谷に立つ建築群は確かに密教的な魅力を存分に持つもののの、
到着してみると現実は散文的であった。

食堂に入り、夕食のビュッフェを尋ねてみると「9ドル払って、まぁ適当に好きなだけ喰いなよ」
といったサバサバとした応対。
ノーモアオピニオン、ノーモアスピリチュアル、といった風体である。

その後、洗濯物を放り込みに行ったランドリー、
紛れ込んで来た巨大な犬と親交を深めたりしながらこの日は終了。(實藤)

Marfa . Texas 2 

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宿泊場所の「Riata Inn」はマーファの市街地の東の端に位置しており、
ドアを開けると、大平原が地平線まで広がる。

意外な事だが、日本人が訪れたのはどうやら始めての事らしく、マスターに勧められて
受付カウンターの壁に貼られた世界地図の東京と香川の位置に押しピンを刺す。
マスターも、いかにも典型的な地元米国人である。
(つまりガタイが良く、フランクで、隙あらばアメリカンジョークを連発し、カワサキのバイクを所有していて、犬を飼っている)。
それにしてもマーファは、のんびりしていて、風通しがよく「古き良きアメリカ」の憧憬を残す風景が散見される街だ。
なにより、空気に透明感がある。

午前、チナティ・ファンデーション2日目のツアー。
ダン・フレヴィン、ロニー・ホーン、ジョン・ウェズリー、他の作品群。
こればかりは、写真では伝わらないことが多い。

昼食に、町外れのメキシカンレストラン。田邊さんにご一緒頂く。運営状況や、オペレーションについての四方山話。
マーファの近辺は、標高が高く、草原の只中にある事もあり、光の均質さが映画の撮影に適しているらしく
「ノーカントリー」のロケ等も行われたとの事。

午後、ジャッド・ファンデーションのスタジオツアー、こちらは撮影不可。
作品や家具のプロトタイプや、北米先住民族の工芸品の蒐集や、昨日のブロックツアーで、
敷地の片隅に置かれていた古びたレンジローバーから、ジャッド御大の人となりが伝わってくる。

夕刻、国道90号線を再北上、次の目的地である、アリゾナ、アーコサンティを目指す。
エルパソ近郊までたどり着き、空港近くのモーテルに宿をとる。(實藤)

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