向島日誌 : Mukae-jima diaries

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メイリンキン 


小川洋子の短編集『海』に鳴鱗琴という楽器が登場する。
メイリンキンと読む。

ザトウクジラの浮袋の表面に魚の鱗がびっしり張りつけてあり、
中には飛び魚の胸びれで作った弦が仕掛けてある。
浮袋の脇にある細長い隙間を風が通り抜ける時、弦の震えが鱗に伝わって音が出る仕組み。


「演奏する場所は海辺と決まっています。海からの風が吹かないと、音が出ないんです。
だって、海の生き物ばかりでできた楽器でしょ?」

「だから演奏者と言っても、自分がメロディーを奏でるのではなく、主役はあくまでも風なんです。
しかも海からの」

ーーー

そんなもの、架空の楽器だと言い切りたいところだけれど、あいにく僕たちは
そのように風を受けて物語る島=inis(イニシュ)が実在することを知っている。

風は波を起こし、波は島を揺らす。そうしてコムカイ島はうたった。

昨年夏に物語られたものがプロローグであるとするならば、
当然エピローグもあって然るべきではなかろうか。

コムカイさん再浮上の折には、そのステキな類末を大いに語ってもらうとしましょう。
(芦塚)




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うみ 


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うみは ひろいな
おおきいな
つきは のぼるし
ひがしずむ

うみは おおなみ
あおいなみ
ゆれて どこまで
つづくやら

うみに おふねを
うかばせて
いって みたいな
よそのくに

うみは ひろいな
おおきいな
つきは のぼるし
ひがしずむ

ーーー

網野善彦の著作を読むにつけ、自分の中の日本観ともいうべきものが
きもちよく編み直されていくのを感じる。
当然のことながら海原に足跡は残らないゆえ論証も難しかったらしいが、しかし、
たしかに昔の人たちは古くからふねひとつで世界中と交易していたのだそう。
海は隔てるものではなく、結ぶものだった。

日本人なら誰でも知っている童謡『うみ』には、今も昔も変わらない
うみの向こうへの憧れがつまっている。
(芦塚)

予言 

Drift Structureプロジェクトで出会った佐藤さんから、
舞踊家田中泯さんのこんな言葉を教えてもらったことがある。

「人も場所だ」

川俣さんを引き合いに出すとこれはとても分かりやすい。
向島でも、スイスでも、川俣さんがいる場所はとたん川俣色に染まってしまう。
そしてプロジェクトメンバーは「KAWAMATA」というたったひとつの場所で出会い、交わることとなる。

人も場所であるとするならば、それはさしずめ孤島といったところか。
少しずつ差異のある孤島が寄せ集まり、それはいつしか群島へと変貌を遂げる。
孤島である僕たちひとりひとりが寄ってたかってコムカイさんをつくる行為は
まるで彼をアーキペラゴの輪に迎え入れようとしているみたいに思われてくる。

そうなれば、もはや島から島をつくるではなく、島が島から島をつくる、だ。

たびたび当ブログでも取り上げられている星野源の歌『ばらばら』
向島music2009の12曲目に位置している。
歌詞にはこうある

世界は一つじゃない ああ そのまま 重なり合って
僕らは一つになれない そのまま どこかに行こう

今振り返ってみると、プロジェクトの進むべき方向性を的確に予言していることにとても驚く。
(芦塚)

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昼過ぎ、かっての同僚であった姫井さんにお越し頂く。

2009年のプロジェクト撤収時、フェリーのデッキで
お会いして以来の再会。

川俣邸にて、お土産のピザを頬張りながらの近況話。
ニュージーランドでの地震を始めて知る。

浜辺のコムカイ島や、集落を散策しながら、いろいろな事を話す。
ある熱狂の中では、ともすれば、かき消され、消えてしまうような
小さな物語の数々。

夕刻、本村港までお見送り。波止場に望月さん。

帰島後、明日に迫った、出発の準備。
「カンガルー日和」の一説を思い出す。

ー「立派な王国が色あせていくのは」とその記事は語っていた。
「二流の共和国が崩壊する時よりずっともの哀しい」ー(實藤)

島は唄う : 灯油 


『ゲール語で「島」はinis(イニシュ)といい、その変異形が氾濫源を指すinse(インシュ)である。
そしてまた、ゲール語のinisは「物語る」という意味も持っていた。』(群島ー世界論/今福龍太 所収)

ゲール語はインド・ヨーロッパ語族ケルト語派に属する言語である。
アイルランドなどで古くから土着的に用いられてきた言葉らしい。
その語において、どうやら島は物語るのであり、さらには物語るものこそが島であったとのこと。


コムカイさんがスナバ浜の沖にぽっかり浮かんでいたときのことを思い返してみよう。
そう、たしかに彼は波に揺られつつギイー、ギイーと唄っていた!何かを物語っていた!

コムカイさんがコムカイ山になってしまった現在、彼はひたすらに沈黙を守ったままである。
そのわけは、つまりはそういうこと。
(芦塚)


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天気は快晴、気持ちのいい小春日和の月曜日。

昼過ぎ、各支払いのため、本村の郵便局へ。

一度向島に戻った後、灯油の空タンクを積み、
再び本村港へ、木村プロパンさんの配達を待つ。

本村港まで配達して頂けることもあり、
プロパンガス、灯油、船舶用ガソリン等、
離島生活の心強い味方である。
(いつもお世話になっております。)

帰島後、村井さんちへ、花岡さんと筒井さん。
四方山話。(實藤)



ある夏の夜 : 高松 

ある夏の夜、夕食を食べ終わるといつものように「食器洗いじゃんけん」が始まった。
負けた2人がスタッフ全員の洗いものを担当する。

首尾よく勝利を収めると台所まで自分の食器を運び、その足で冷蔵庫から
冷えたビールを取り出し、そそくさとログハウスを出る

見上げれば満点の星空。

夕涼みがてら岸壁に腰掛けると、どこからともなく人の話し声が聞こえる。
周囲を見渡しても誰もいない。
近くにお住まいの村井さんでもなさそうだ。

誰かと思ったら、対岸の直島、本村港で語り合うおばあちゃんたちだった。
海を挟んで150メートル。
耳元で秘密の打ち明け話でもされているかのように、
小さいながらもくっきりと輪郭を伴った話し声だ。
こんなに声が通るのか

水を打ったような静けさに驚いた、そんな夜。
(芦塚)

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午前、プレゼンテーション準備。

昼前、霙舞う中、船を出す。
宮浦の海の駅で、お隣の村井さんと出会い、四方山話。
高松行きの四国汽船に乗る。

悪天候の下、珍しく揺れる船の中、ネットカードを繋ぎ、
引き続きプレゼンテーション準備。
こういった状況ではやはりdocomoの独断場である。

午後、高松は番町の中條文化振興財団へ伺う。
閑静な住宅街の中のお茶室でのプレゼンテーション。

個人的には、助成の可否といった結果に関わり無く、
地域に長く根を下ろし、活動されてこられた岡市先生はじめ、
諸先輩の忌憚なきご意見を伺う事が出来た事実に、意義を感じた一日であった。
(手前味噌なお話におつきあい頂き、誠にありがとうございました。)(實藤)

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