向島日誌 : Mukae-jima diaries

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小さな灯 

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フィールドワークの翌日、この日は藤平さんが善通寺市から合流。
GWも終わった事もあり、カフェ中奥で働く同居人、竹中君も欠伸をしながらワークショップに参加。

ワークショップの開催期間にはいつも頭を悩ますところだ。
参加者が社会人メインという事もあるが、直島諸島含め瀬戸内海はGWは繁忙期。
つまり何処もかしこも忙しい。

とはいえ、オリジナルメンバー含めて社会的な生業をもっていれば、
1週間単位のワークショップに参加できる慣例的な休業期はやはりこのあたりに集中する事になる。
まぁこの辺りは、ややガタピシしながらも継続するしかないのだろうな、などと考える。

ガラスの灯体内に密封してしまうことになるので、結露で基盤系統が傷まないように
基盤周りをシリコンで防水処理。

ステンドグラスの技法を応用して作っていた灯体もやや肉厚気味に盛っていたハンダを
リューターで仕上げ加工する。

さて、灯体のガラスと小さな太陽光パネルをどう固定するかにに頭を悩ましていたのだが、
クリアのシリコンで天面のガラスに圧着する方法を思いつく。
ほんの少量のシリコンを太陽光パネルに絞り出して圧着。
シリコンが薄く広がった事もあり、おそらく充電ロスはそれほどないと思われる。

とりもなおさず、小さな灯がともる。(實藤)

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男木島 みる きく あるく 

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フィールドワークの日。

ワークショップ内の期間中は、休日を兼ね、かならず一日は
フィールドワークに出かける事にしている。

今回の目的地は男木島。

丁度この日は4人だった事もあり、川俣丸で備讃瀬戸東航路を越えて渡航しようかとも
考えたのだが、あいにくの風速8m強の表示。

宮浦港から四国汽船の高速船、高松で朝食のうどんを食し、後、男木島のルートでめおん号に乗る。

ぷりぷりしたフォルムの雌雄島海運のカーフェリー、めおん号は私の大のお気に入りで、
これくらいのサイズの群島をめぐる周遊船があったらさそかし楽しい事だろうと
デッキで偶然お会いした藤平さん交え、と高松から男木島に向かう。

休日の高松港は華やかだ。
この海域を巡航しているそれぞれの船会社も個性豊かで、飽きない。
(ちなみに直島メインの四国汽船は船がいつも新しいペンキでつやつやしており、奇麗でスマート、
 小豆島の四国フェリーは紺色の下部塗装にOlive Lineの赤文字、風格がある。)

上陸後、豊玉姫神神社にかけあがる細い露地を行く。
港すぐの鳥居からうねうねと丘のてっぺんにある神社までの経路を振り返ると、いつも海が見える。
霧の中にかすかになった海と空の境目に向かって風景が開かれている。

豊玉姫神社には山幸彦と海幸彦の伝説がある。
ある日、お互いの道具を交換して海に出かけた山幸彦は大槌島と小槌島の間で針を落としてしまう。
困った山幸彦の前に海神が現れ、東の島にその針があるという。

東の島を訪れた山幸彦は、男木島へたどり着き、豊玉姫と出会い、結ばれる。
やがて身ごもった豊玉姫は子浜(こもがはま)で出産するが、その姿を覗いてはならないという
約束を守れず、山幸彦はつい覗いていまう。
そのとき姫はワニ(サメ)の姿になっていた。その姿を見られた姫は海に帰ってしまうー。

どこやら日本神話のイザナギとイザナミの話を想起させような伝説であるが、
これを暗喩的に読み解いていくとこういった話も出来るのではないだろうか。

ワニ(サメ)を海の民族のトーテム(部族を代表するシンボル)と仮定すると、
かって異なる信仰を持っていた部族間の首長どうしで何らかの外婚関係が発生した。
出産時のしきたりが、部族間の信仰では異なっていたため、山幸彦(と称される人物)は
その場への立ち入りが許されなかった。しかしそこでなんらかの悲劇が発生した。
その悲劇を鎮めるために、その地の人々は、海の見える丘の上に社を建立したー。

以上は当然の事ながら、私の勝手な妄想であるのだが、現在はこの豊玉姫神社は
安産の神様として知られている。そして男木島のすぐ近くには女木島がある。
そして豊玉姫は海神の娘である。うーむである。

などなどを考えつつ、集落を巡っていると突然の暴風雨。
海を見やると、空の色を写し込んで黒く変色した海の上、白波がうねっている。

「無理して航海しなくてよかったなぁ。」と強い風の吹き抜ける露地を彷徨い、
オンバファクトリーさんのカフェに避難。アーティストの大島さんとお話しさせて頂く。

「カフェなんかする気なかったんだけどね。」と苦笑されながら様々な事をお話し頂く。
大島さんは高松でお仕事の傍ら、毎週末、ご夫婦で男木島へ向かい場を維持されている。
ご本人も頼もしい兄貴分の様な方で、大島さんご夫婦の存在がなければ芸術祭後の男木島も
随分寂しいことになっていたのだろうな、と思う。
粘り強くその場と生活レベルから関わり、訪れる人と島を結びつける媒介の様な
人と場が存在し続ける事の大切さと、大きさを改めて思う。

集落を上り詰め、周回道路を一周。
標高が高い位置を巡っている周回道路の木立の影からだしぬけに巨大なタンカーが姿を現す。


高松港周りで帰投。(實藤)(實藤)





灯体 

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4日目、毎週土曜日に行っている海岸清掃の日。
早朝、直島に渡ってジョギング後、分別用のゴミ袋をもって砂浜に繰り出す。

夏に砂浜で自分たちが気持ち良く泳ぐため、と思えばなんら苦はない。
ごく当たり前の習慣として、身に付いてきたことは喜ばしい事なのかもしれない。

プロジェクトハウスでミーティング後、制作開始。

石は石の目を読んで削ってゆく。

面白いもので、石目を読んで割った石のへこみはその石が生成された時間を
辿り直すかのように、”なり”に割れてゆく。

力が大きすぎると一気に割れが抜けてしまうため、縦と横の石目を読んで
力の方向を考え、力を加減しながら、石頭で叩き削る、という原始的な方式をとる。

事前調査で採石段階では、石の目にそってドリルやはつり機で穴をあけ、クサビを打ち込んで割る、
と言う事は知っていたが、それが、最終的な小さな加工段階で応用可能かは解らなかった。

と言う事で、灯体自体も、”なり”で形作られた凹みに併せて作る事にする。

段ボールで型紙を作ってガラスを切る。

潮風や強い日光に晒される海に近い場所では、すぐに経年劣化してしまう
樹脂よりもガラスのほうが素材としての耐久性は圧倒的に上。

ステンドグラスの技法等を参考に、銅テープをガラスに圧着し、
ハンダで溶着して灯体の箱をつくる。

ガーデニングライトから取り出したLEDの基盤を潮風から
守るための工夫を考え、建築用シリコンで封入と灯体内での
固定を両立させようと試みるも、シリコン自体の透過性が照度に見合っておらず断念。

コーキングガンから絞り出したペースト状のシリコンを
へらで薄くぬり込んで防護皮膜を作る事にする。

はらっぱでねっころがって立てた細長い石を見あげてみると、
どこか近未来の建築のようなシルエットでもある。
(宇宙戦艦ヤマトにでてくるあのチューブのようなのがぐるぐるくっついたアレです。)

「アリの視点からしたら、超巨大建造物だねぇ」などと会話しながら、作業を続ける。
RC構造(鉄筋コンクリート)の建物も、たとえばカッパドキアの洞窟から連なる
人工洞窟の類いなのであって、そう考えてみれば、都市も洞窟の寄せ集めみたいなもんだなぁなどと話す。

近代建築を近代洞窟と言い換えるだけで、すこし視点が変わってくるから不思議なものだ。

(今日の発見)ねっころがって石を見上げると、宇宙戦艦ヤマトのビルに見える
 
(今日の夕食)ブタの生姜焼き、スナックエンドウと緑黄色野菜の中華炒め、
       たまねぎのみそ汁、白飯[シェフ:實藤]

(實藤)





はらっぱで 

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3日目、灯体制作チームと石加工チームに別れて制作を行う。

ハードコアブリコラージュ、と冗談めかして話していたが、やはり石の加工に苦戦。
「電動工具もなんもない時代の人達だってなんとかしてた訳だからなぁ」

基本的にはワークショップは島で過ごす時間が一番多い私、實藤がプログラムを組み立てている。

向島の集落を歩いていると周回道路の脇の草むらに”石”がごろんと転がっている。
普段は気にもとめない風景である。

「ステルス性が高い」これが材料として石を選択した主な理由である。

「重いとか大変とか少し入ってないとダメだと思うんだ。」
「夜になったらあまり気にしていなかった路傍の石みたいのが蝋燭の光みたいに
 転々と灯ってるのが品がいいと思うんだよ!どう!」などと、
嬉々として芦塚君には話していたものの、やっちまった感に少し苛まれながらトライ&エラーを重ねる。

超硬のタガネや、ダイアモンドカッターなどの存在くらいは知っていたし、
五色台にある瀬戸内海歴史民族資料館へ事前調査にも出向いたいたものの、
(もちろん予算ないっす、とかいきなりのプロ用は怪我の怖れがあるので避けた、という事情はあったにせよ)
出来るだけ素人仕事で挑戦することに意義があると考えていた。

とはいえ、今回のワークショップに参加してくれたメンバーは素人ではなかったのである。
高橋君は、基盤などの知識と加工技術を持ち、堀内君は某大手電気メーカーでプラズマテレビの
開発を手がけているエンジニアである。

アイリスオーヤマ謹製のガーデニングライトを分解して、
灯体となる太陽電池のLEDパネルと充電池を取り出し、コンパクトに加工。
灯体制作チームはいたって順調。さすがである。

さて、石加工チームは、砥石サンダーで切り目を入れてノーマルタガネで少しずつ加工
という段階に達していたものの、はやりラチがあかない。
ここで川俣丸名誉船長の高本君が偉大な発見を行う。

「實藤さん、石、トンカチで叩くと割れますよ!」

今日の発見 石はトンカチで叩くと割れる。

今日の夕食 鶏胸肉のバターとパブリカのグリル、キュウリとタマネギとレタスのサラダ、麩のみそ汁、白飯[シェフ:實藤]

最後に、この場で引用することがこのズッコケ制作作業を正当化する方便ではない事を、
敢えて強調しつつ、今福龍太さんの書籍「夜と音楽」登場する、
メキシコの詩人、オクタビオ・パスの言葉を紹介したい。

「丘、岩、渓谷、樹木、崖、といったぐあいで、風景はひとつのパズルのかたちをとる。
 その無秩序は隠れた意味を持っている。
 それは、さまざまな異なる形態の併置ではなくて、いくつもの時間=空間の一つの
 場における集積、すなわち地質学的な層なのだ。
 言語と同じように、風景は通時的であると同時に共時的でもある。
 それは地上に生起したさまざまな時代の凝縮された歴史であり、もろもろの関係の束でもある。
 隠されているもの、目には見えない地層こそが表層的なものを規定し、
 それに意味を与えている”構造”であることを一つの横断面がはっきりと物語っている。」

(實藤)

 

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初参加の高橋くんを含めた3人で始動する二日目。
早々に木工所の整頓を終え、“島の灯”をつくるための材料を探しもとめて
つらつらと向島島内を散策する。

とはいえ、その材料は易々と手に入らないようなものでもない、ごくふつうの石だったりする。
今回の主役、その一。

程よい大きさと、ていの良いかたちを兼ね備えたものをいくつか見繕って中庭まで運ぶ。
重い。
地球の表面の7割は重力を消し去る液体で覆われている、という實藤さんのいつかのことばを思い出す。
なるほど、石垣用の採石運搬に海運が大きく貢献したのもうなづける。

石は重いということであったり、水の浮力はすごいという極々当たり前の事実を
トレースし直す。
そこから見えてくるものはなにか。

夜、高本さん、高嶋さん、カワカドさん、そしてこちらも初参加の堀内くんが合流。
よっちゃんが連れてきた中奥のお客さんお二人も加わり、にぎやかに過ごす。
(芦塚)

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朝、芦塚君が熊本から到着。

熊本から岡山までの深夜バスの直行便はなく、福岡で乗り継いで
のはるばるの到着。
芦塚君と始めて会ったのは2006年の直島スタンダード展だ。
私は制作、運営のスタッフ、芦塚君はまだ熊本大学の学生であり、
運営を支えてくれたボランティアスタッフの一人だった。
向島プロジェクトのオリジナルメンバの大半はこの時期に出会っている。

「あの時はあまり話さなかったけど、長い付き合いになったもんだねぇ。」と船の上で笑い合う。
2009年、2010年のコムカイ島作りが全てだったのだろう。
日に灼かれ、揺れる海の上、体型が変わるほどの作業の日々の中で、どこか戦友の様な絆が育まれた。

9時、向島集会所から高橋君が賑やかに合流。日課となった朝の清掃を終え、朝食をとる。

木工所で作業ベンチの組み立て後、海岸を巡り、”石”を集める。

レヴィ・ストロースの「野生の思考」から引用してみよう。

 ”原始的科学というより「第一」科学と名づけたいこの種の知識が思考の面でどのようなものでであったかを、
 工作の面でかなりよく理解させてくれる活動形態が、現在のわれわれにも残っている。
 それは、フランス語でふつう「ブリコラージュ」bricolage(器用仕事)と呼ばれる仕事である。

~今日でもやはり、ブリコルール bricoleur (器用人)とは、くろうととはちがってありあわせの道具材料を
 用いて自分の手でものを作る人のことをいう。
 神話的思考の本性は、雑多な要素からなり、かつたくさんあるとはいってもやはり限度のある
 材料も用いて自分の考えを表現することである。
 何をする場合であっても、神話的思考はこの材料を使わねばならない。手もとにはなにもないのだから。
 したがって神話的思考とは、いわば一種の知的な器用仕事である。
 これで両者の関係が説明できる。

 工作面での器用仕事がそうであるように、知的面で神話的思索が思いがけぬすばらしいできばえを示すこともある。
 逆に器用仕事の神話創作的性格もしばしば述べられているところである。
 たとえば美術でのいわゆる「アール・ブリュット」や「アール・ナイフ」、郵便配達夫シュヴァルの邸宅の幻想的建築、
 ジョルジュ・メリエスの舞台装置、さらにはウェミック氏の郊外の城館~”

~したがって相違点は考えられる程には絶対的なものではない。
 しかしながら、それはやはり現実に、存在する。文明の一状態を要約したものである諸拘束に対したとき、
 エンジニアはつねに通路を開いてその向こうに越えようとするのに、器用人は好んでにせよやむをえずにせよ、
 その手前にとどまる。

 言いかえれば、技師が概念を用いて作業を行うのに対して、器用人は記号を用いるということになる。
 自然と文化の対立の軸上において、彼らの用いるこれら両集合(概念の全体と記号の全体)にはずれがあり、
 その差は感知できるほど大きい。
 記号と概念の対立点のうちの少なくとも一つは、概念が現実に対して全的に透明であろうとするのに対し、
 記号の方はこの現実の中に人間性がある厚みをもって入り込んでくる事を容認し、
 さらにはそれを要求する事さえあるという所にある。
 
 厳密にして翻訳困難なバースの表現を借りれば、”It addresses somebody."である。”

今日の発見
「石は、重い。そして、固い。円形に並べてみると、なぜかカッコいい。」

今日の夕食
 とり団子のポトフ、白飯 [シェフ、芦塚](實藤)



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