向島日誌 : Mukae-jima diaries

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

航海のはじまりの日に 

th__MG_2421.jpg


買い出し

初日、買い出し日。

直島の小高い丘の上にある直島町総合福祉センターに出向きボランティア保険の申請、
木村プロパンさんにガソリン80リットルとオイル500cc5本を
(2種類あるのだが、ヤマハ純正の缶入りをいつもお願いする。)えいやと発注。
そうこうしている間にクロネコヤマトさんにより海図の到着などもろもろの応対。

向島在住の離島配達郵便船の船長、花岡さんによる郵パック以外の宅急便は
基本的に船をだして対岸の本村まで受け取りに出向く。

参加者の第一陣が夜入り、と言う事もあり、
船底塗装とデッキを塗り替えたばかりの川俣丸に乗って単身で宇野に買い出し。

買い出し時に重宝する軽量のプラスチックのフネのついた一輪車がパンクしていた事もあり、
潮風で錆び付いた鉄製の一輪車とクーラーボックスを詰んで宇野のタマヤとダイキを巡る。
ダイキでプラスチック一輪車のスペアタイヤが一ヶ1,780円のトコロ、在庫処分の568円の大セール。
少し迷った末、これを逃すとこの場でこのスペアタイヤに巡り合う事はないだろうとの読みのもと、
まぁ本来は一個の値段で4つ買える訳ね、と4つ購入。

錆び付いた一輪車にクーラーボックスと買い物袋満載の食料、
スペアタイヤ4つを積み込み港に戻る。

川俣丸の定員は4人だが、この9、9馬力エンジンの小さな伝馬船で
海上を滑るように進む爽快感を得られるのはせいぜい2人乗りの状態の時のみ。

荷物を積んで、快晴の夕暮れ前の海に繰り出す。
灯浮標を右旋回しながら、四国汽船のフェリーが海の上を進んでゆく。

航海のはじまり、海と交わり、海に抱かれる日々のはじまり。

夜、加藤君、館さん、白石君が合流、海図を拡げ、分厚い直島町史を紐解いて予習等。(實藤)
スポンサーサイト

海の時間 


サバンナのモシ族では、王宮でさえ建造物としてモスクほどの
持続性はなく、しかもかつては王の代がかわるごとに王宮の
場所も移して建てかえるならわしだったのです。

その上、王位継承争いに伴う王朝の分裂・移動が頻繁だったために、
王朝の歴史は空間の一定点に集積されず、ほぼ等質で広漠とした
草原の上を、あたかも黒板の上にチョークで描いては消すように、
「時」は空間に拡散しながら歴史を形作っていったといえます。

-『音・ことば・人間』武満徹、川田順造


層として垂直に堆積する歴史とは対称的な歴史の有り様である。
海もまた同じで、限りなく水平に展開する視野と時間は、
わずかな余韻の後に雲散霧消してしまう。
言い換えれば永遠の現在性ということになるのだろうか。
それはあながち間違っていないように思える。

たとえば、1596年、大地震によって一夜にして別府湾に消えたと言われる瓜生島。
島の歴史は海という媒介をとおして伝説に変貌し、現在にまで語り継がれている。

個人的に、浮き島で瓜生島を再現できたら、などと想像が広がる。(芦塚)

小舟 


あらためて、向島という立ち位置(二次離島であるということ)について考えてみる。

二次離島であるということは、ひるがえすと定期船がない、ということだ。
島々を巡るフィールドワークの移動手段としては言うに及ばず、日用品の買い出しから
自家用の小型船、川俣丸が大活躍している。

定期船は、近代の象徴ともいえる。
決まった時刻に発着するのはもとより、誰でも目的の島へ渡ることができる。
要するに、陸続きの場所へ移動することと大差がない。



便利で安全な航海手段が断たれている、というルールがプロジェクトの前提としてすでに
織り込まれているところを面白く感じる。
そして、近代からこぼれ落ちてしまったものを、川俣丸による航海で拾い集める。

例えば、小舟ゆえ、天候や潮の状況には誰よりも注意を払わねばならないし、
見知らぬ島へ入港するときにはよその家の敷居をまたぐような、何だか 後ろめたい気持ち
その都度抱え込まなくてはならない。
(実際に、港で釣りをする島民の方から何度怪訝な顔をされたことか)
その点、定期船による航海は、まさにその“定期船”という制度的な免罪符が
いくらかバツの悪さを解消してくれるのだけれど。

そのように、千変万化してやまない外的な環境の変化、
内的な心境の変化を微細に感知してゆくこと。
目をそらさないこと。

小舟で海をゆくこと、換言すれば近代を再考することが、はからずも当プロジェクトの骨格を
なしているのは疑いようのない事実だと、今にして思う。
思えば、コールマイン田川にしても、炭鉱はモチーフに過ぎず、そこで問われたのは近代だった。
身体感覚に即した群島のヴィジョンをたよりに、小舟で近代化の波を乗り越える試み。
(芦塚)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。